ライン

MUNICH/MUNCHEN ミュンヘン紀行



プロローグ
第一日目
第二日目
第三日目
第四日目
第五日目
エピローグ




プロローグ

5月、超格安航空会社のイージージェットが大Saleを行っていた。
エジンバラから直接飛んでいけるルートには限りがあるが、ロンドンはルートンをベースにダブリン、ミラン(イタリア)あたりだったのが、ルートを少しづつ広げてくれているのは実にありがたいことである。
最近、再びルートを広げてポーランドも2箇所追加された。
来年はポーランドだっ!

ネット・サーフをしていたクリスが「おおおい!すげぇーぞ!ドイツはミュニックも飛んでるぞぉー!一番安い時期がオクトーバー・フェスの直後だっ!往復で£49だってさ!どうする?行くか?」

往復が1万円ほどか・・・そーいや、ここ数年国外に出てないなぁ、ちょいと小休暇も必要だよねこりゃぁ行かねばなるまい!と貧乏人は飛びついた。
4泊5日で航空券をブッキングして、さぁ、格安で便利な位置のHOTELはStrar INN・・・こいつもブッキング。
お次はすぐさま、Neil Young関係のトレーダーの仲間に連絡を入れる。
しかしだ・・・ドイツはでっかい国である。
ミュンヘンはドイツでもかなり南の方に位置するし、おまけに平日だからみんな仕事してるわなぁ・・・
ドイツの友達はそのほとんどが北方で平日ということで今回は見送り・・・またNeilのユーローツアーが実行されたらどこかであえる可能性はあるもんな・・・
しかし、オーストリアのジョージは住んでいるところがオーストリアでも北方にあたり国境から約2時間ほどでミュンヘン入りできるそうで、彼はいつもミュンヘンまでライブにでかけたりしている話を聞いていたので、連絡をとると、行くさ!勿論だろ!」と平日でもあるのにもかかわらず、会いに来てくれることになった。
彼とはかれこれ6-7年あまりの付き合いになる。
枚数に関係なく、ブツを入手すれば送りあいをするトレード・パートナーの一人である。
2004年のNYでNeil YoungのGreedale ツアーで、ようやく出会うことが出来た貴重な友達である。

さて、ジョージとのオフ会。
滞在中に何かライヴはないかいな?と検索をかけると、グラスゴーのTeenage FanclubのノーマンとPearl Fishersのデヴィッド君とのソロツアーが見つかったので、こいつもブッキング!・・・といきたいところだったが、ドイツ語が二人ともまったく駄目でなかなかドイツ語のWEBサイトが進めない。
しかし、再びジョージが僕が取って送ってやるととうれしいお言葉に甘えた。
そーいや、以前Neil Youngのフランクフルトのチケットもドイツ語があかんかったので、トレーダーの友達に頼んで取ってもらったことがあったよなぁ。
まったく英語圏外のライブはこうしたトレード仲間の存在を実にありがたく実感できる。
ライブの予定も詰まった。
後ははのんびりぶらぶらと、買い物したり、飲んで食って・・・観光???そーか・・・観光もせんといかんかな?
・・と図書館へ出向いてLonely PlanetのGermanyを借りてふむふむふむ・・・
まぁ、興味をそそるのはダッカウ収容所とフイルム・ミューゼアムぐらいやな・・・これで充分やわ(笑)
日本に居た頃には数分も惜しんで観光に時間を割いていたのに、変わったもんやな。

久しぶりに訪れる大都会。美味しいソーセージとビール、ステキな音楽、友との再会。
楽しい小休暇に行ってきまぁーっす!




第1日目


10月22日

出発直前に得たミュンヘンの5日間天気予報によると週末から気温が真冬並に下がり、初雪が降ったという。
オーストリアのジョージからもE-mailで初雪報告。
げげげ・・・マッセルバラ・エジンバラも確かに寒いが・・・雪はまだまだの世界である。
慌てて、長めのコートとブーツを買いに走る。
マッセルバラは12−3度の気温だがミュンヘンはどうやら3−5度あたりになりそう。
しっかしまぁ・・・二人で国外に出るHOLIDAYには寒さに見舞われるのが慣例になってきたみたいである。
思えばロンドンには数回下りてはいるが、hiroko。は一人で2005年に日本へ行っているが、二人して国外へ出るのは2004年のニューヨークが最後だとの事実に驚く。

エジンバラ・エアポート。
ミュンヘンへのフライトを待つ出発ロビーでブラブラしていると、クリスの後ろにどうも見覚えのある人物が背中を大きく曲げながら歩いてくる。
「あれは?」「あれは・ジョン・プライン(カントリー・シンガー)ではないかいな?」「いや?そんなはずはないよな?」「だけど・・・・似てる!!!」?????
クリスに目配せをする・・・
おおおお!やっぱりジョン・プラインだっ!
ええ?この時期にライヴしてたっけ?
「昨夜はグラスゴーだったはずだぜ・・・どこへ行くのやろ?
奥さんがアイルランドやで!
二人してジョンに「Hello!」と挨拶。
誰も彼がカントリー・シンガーのジョン・プラインなどとは知らないし、誰も群がってはいない。
ジョンはにっこりと笑いながら再び背中を大きく曲げながら2つの荷物を持って老人のごとく足を引きながら去っていく。
二人して出発便をCHECKすると、どうやらアイルランドのコークへ向かう便みたいだ。
数年前にエジンバラのクィーンズ・ホールでのライブを見たがとぉーってもステキなライヴだった。
しかし、その風貌は長年のアルコールで50代後半にも関わらず、癌手術のせいで70代後半の老人と化していて、見るのは辛い驚きでもあった。
思いがけない人物との遭遇に少しばかりエキサイトする。

イージー・ジェットに乗り込む。
この超格安航空会社の飛行機はシートが決められていない自由席である。
おまけにおしぼりもクソもなにもない。
まったくの電車感覚である。
勿論、機内ではジュースやコーヒー、紅茶、サンドイッチなどの軽食のワゴンが回ってくるが、お金を払わねばならんのである。
いつもロンドンへ降りるときに利用しているが、ロンドンは1時間弱。
ワゴン・サービスを利用したことは1度もないがミュンヘンまでは2時間20分。
コーヒーを買ってリラックスする。
フライト時間は2時間というのは本当にちょうどいい時間である。
日本に行くには12時間のフライト・・・たまんない。
少し前に「機長からのアナウンス」という本を読んでいたので、いろいろと内容を思い出してはフムフムと想像をめぐらしてみる。
エンジンにカモメが入り込まないか?
焼き鳥の匂いはない!しかしカモメの焼き鳥ってさぞかし不味いだろうなぁ・・・などと馬鹿げたことを考えてみたり・・・この場でハイジャックが起こったら・・・などとまぁ、あの本のおかげで楽しい2時間はあっという間に過ぎる。
重たく厚い雲を突っ切ると真夏のような太陽がガンガンに照っている。
改めて雲の上は晴れているのになぁ・・・と恨めしい気分になる。
重たく厚い雲の中を再び降下していくとミュンヘン空港にランディング。
タラップを降りるなり、ひぃーーーーーさっぶぅー!と身を縮ませる。
やっぱり天気予報って馬鹿にはなんないなぁ。本当に2−3度の寒さが待っていた。

到着するとパスポート・コントロール。
機内の95%はヨーロピアン・ネイションで長ぁーい列を成しているが、hiroko。はジャパニーズ・パスポートでOther ネイションズに・・・
「ドイツ語は話せるか?」「ぜんぜん駄目」「目的は?」「観光」「何日滞在するのか?」「4泊5日」との短い英語での質問で、ガッシャンっとスタンプが押されるわけだ・・・
ヨーロピアンたちは質問なしでパスポートをチェックして終わり。
hiroko。はいつもクリスに「どや!ええやろ!」とスタンプを見せびらかす。
到着ロビーから市内へ通じるSバーン(日本で言うところのJRみたい)へ。
切符売り場の複雑極まりない自動販売機・・・もうこういうのに慣れていないせいとすべてがドイツ語なので、二人ともおのぼりさん状態。
ああでもないこうでもないと問答を繰り広げているところへ助っ人が登場してくれて、我々の目的駅までの切符を買ってくれた。
クリスはフランス語は頼りになるがドイツ語・・・まったく駄目・・・まったく駄目な人間がようやってきたもんである。
フランクフルトでは何とかなったが・・・ここミュンヘンではどうだろうか?と少々不安にかられる。
SバーンからUバーンに乗り換えて、目的の駅に到着。
地図で見る限り我々のホテルは近く描かれてはいいたが、テクテクと迷いながら歩くこと歩くこと。
ドイツのスーパーーマーケットLidlを見つけてつい喜んでしまう。
LidlはUk各地に散らばっていて、われらMusselburghにもある。
くたくたになってたどり着く。
われらの4夜のお宿はStar Inn。
アメリカ様式の所謂モーターウェイなどにあるちょいと車でなければ不便なところにあるようなビジネスホテルのような感じだった。
しかし、ホテルのすぐ近くにバス停があったのを見逃していたのだ。
50番のバスがUバーンの各所の駅を通るようだ。
そうか!明日からこの50番が我々の足となって活躍することになるのだろう。

ホテルは建ったばかりのようでとても綺麗で清潔。
部屋もフラットスクリーンの大型TV、バスタブこそないが広いシャワー、キングサイズのベッド、暖房状態も非常にいい。
ロビーには24時間インターネットつながっているPCが1台無料で使えるようになっている。
ほう!やっぱドイツはテクノが進んでるわ!と感心する。

時計を見るともう7時。
荷物を置いてすぐさま町へなどというパワーは存在しない。
ここはホテルの近辺をウロウロ探索、レストランがあればそこを直撃!と再び冷たい冷気を浴びながら外に出る。
しかしながら、この近辺は地元の人たちの住宅地が広がっていて、所謂団地やマンションが立ち並び、なかなかこれというレストランは見当たらない。
探索途中に団地内にREWEというスーパーを発見。
ここで何かスナック菓子やパンにチーズにビールなどを買い込んでホテルへ戻ろうなどとお買い物。
お買い物をしながらも再びテクテク歩いていくと、Tavernを発見!
グリーク料理のレストランだ。
ここ、入ろうぜ!と・・・どーしてこんなに二人とも計画性がないのでしょう・・・???
いつからこんなに優柔不断になってしまったのだろう?と二人して苦笑い。
HOLIDAYに出ると二人ともまったく何も考えたくなくなっちゃうのである。
まぁ、こんな休暇があってもええんやないかいな?である。
月曜日の夕刻だというのに店は結構賑わっている、こんなアウトスカーツな場所で・・・これはGoodなサインだ。
ギリシャ人らしきウェイターがにこやかに案内してくれる。
さぁて・・・メニューを見ると・・・およよよよ。
やっぱり!ドイツ語・・・あたり前やんか!
さぁーっぱりわからぬ!かろうじて「カラマリ」(イカのリング)だけは理解できた!
ウエイターに「ごめんなさい!ドイツ語できましぇん!」と謝ると、お店の常連さんで親切な英語が出来るドイツ人を連れてきてくれて、彼が解説してくれたので、大助かり。
ギリシャ料理とくればやっぱり魚といきたい。
ガンバがエビのグリルと教えてもらったクリスの目が光る。
このお店で一番高いメニュー。それでも12ユーロー・・・8.5ポンド???安いんちゃうのん?
クリスはガンバ、そしてhirokoはシーフードのプラター、そしてビールにオリーブ・ブレッドを注文。
グリークレストランらしく、食前酒のウゾが運ばれ、ジャーマン・ビールで喉を潤す。
出てきたでっかい銀のお皿にはライスやポテトやサラダも盛られていて、クリスのエビなんぞはかなり大きなエビが8尾も乗っている。
うっそぉー!これで8.5ポンドぉ????UKだったら15ポンドは下らないよぉー!安い!ステキ!さいこー!
hirokoの銀皿にも大きなフラット・フィッシュのグリルに小エビのケバブ、ガンバ級のエビが2尾、イカのリング、小イカのグリルなどがどっさりこんと盛られていた。
うっそぉー!これで11ユーロー????
大満足の初日のディナーとなった。
やっぱり物価のえげつなく高いUKから来ると何でも安いからありがたい。
食べ物が美味しいと旅の満足度が増す。気持ちがおおらかになるからだ。
幸せ一杯!ミュンヘン、ええとこや!
なんとも単純な二人である。
チップというものはアメリカ以外ではこういった凄く満足したときにだけ支払えばええのである。
すっかり気をよくしたクリス君は珍しく5ユーローをウエイターに渡していた。

思いっきり満腹の重たい腹を抱えながらHOTELへ戻ると疲れがどばーっと出てきた。
TVをつけてもドイツ語なんでようわからん。
んが・・・hirokoの大好きだったマイケル・バラックちゃんがコマーシャルに出ていた。
ケータイのコマーシャルだ!
さすがにミュンヘンやなぁ。UKじゃぁ見れないぞ!
今はイングランドの巨大チーム、チェルシーに移籍したが以前はオリバーー・カーンと共にバイアーン・ミュニックだったのだ。
やっぱり人気あるんやなぁ。
そーいや明日はチェルシーVsシャルケとのゲームだ。どこかのPUBで見れるかな?

ベッドにもぐりこむと睡魔が襲い、爆睡突入した一日目だった。



第二日目

10月23日

窓の外を眺めると、小雨が舞っていた。
今日もかなり寒そう。

レセプションのお兄さんから、街中へ行く一番てっとり早い方法を聞く。
50番のバスそしてUバーンに乗り換えるだけだ。
ミュンヘンにはすんばらしいチケットが存在する。
バス、Sバーン、Uバーン、トラムをインナーゾーン内を3日間すべて乗り放題で21ユーロー・・・これが5人までカバーしているというではないか!
UKポンドに直すと£15!!!5人までカバーしているわけだから一人£3じゃねぇーのっ!これが3日間つうことは1日£1ってことになる。
二人で使うとしても一人£7.5、一日£2.5じゃん!
£2.5だと、エジンバラではロジアン・バスの1日乗り放題チケットの価格である。しかし、バスだけだ。
なんともすばらしい!ミュンヘンにはグループで行くとGoodなところやねぇ。
観光客に優しいミュンヘンや!
昨夜のグリーク・レストランに続き、目がへの字になる。
ミュンヘン、ええとこや。
さぁ、こうなると、じっとしてはいられない。
貧乏人の根性でもって乗りまくってやる!なぁーんてことを思いながら、「ところでそのチケットは駅で買えるの?」と聞くと、バスの中でも買えるという。
その代わりコインじゃないと機械によっては紙幣を受け付けないそうなので、しっかりと両替をしてもらい、小雨が降る中をバス停へと踏み出した。
ミュンヘン市内のバスは2両編成の長いバス。
UKの二階建てバスに慣れているから、こういう長いバスが中国みたいでもの珍しい。
(まるで子供である)

バスの車内の自動販売機・・・やっぱりわからぬ!モタモタやってるとドライバがここだよ!と押すべきボタンを教えてくれた。
一応21ユーローもする3日間有効チケット・・・カード式のものが出てくると思いきやペランペランの紙切れ乗車券、まったくドイツ人は合理的で頭がいい。
購入したチケットをバリデートする機械でガッシャンと日付をスタンプする。
バス停を3つほど過ぎるとUバーンの駅に着く。そこで降りて、まずは街とは反対方向にはなるが、アリアンツ・スタジアムへと向かう。
巨大なドームが広がっているのですぐに見つけることが出来る。
ここがバラックちゃんやカーンがプレイしていた、バイアーン・ミュニックの本拠地かぁ・・・と感慨にふける。

今夜はライヴに行く予定があるので、ちらりと見ただけですぐに駅に戻って、観光客が必ず訪れる中心街へと向かう。

ふと・・・あれ?あれれ?昨日もそうだったけど・・・改札もないし、出るときも誰もチケットをチェックしなかったよね?
あれれ?ほんまや。。。入るときも出るときも素通りだ。
これって・・・めたくそ簡単に無賃乗車できるんやないの?
だけどさぁ・・・うちらは21ユーローで3日間乗り放題のチケットを持ってるわけやん。これは5人をカバー
しているわけやろ?つうことはうちらはあと3人分をカバーしていることになるわけやん。誰かが誰かの分をカバーしてるってことになれへん?
ミュンヘン市は採算取れてるってことなんやろ?・・・ようわからんなぁ。。。。

マリエン・プラザへ到着。
このミュンヘンは広大なドイツでもイタリア、スイス、オーストリアとの国境に接してアルプス山脈の麓に位置している。
北海に面するマッセルバラは風は強いが寒さは比較的柔らかなのかもしれない。
この海のない内陸地の空気は湿った空気に慣れ親しんでいる二人にはかなりドライ。
小雨と凍てつく寒さで、喉と鼻の具合が危険信号を発していた。
イカン!ニューヨークの二の舞はごめんやで!
すぐさまファーマシーを探して今夜の飲み薬とのど飴を購入。

閑散期の今ですら結構な人出なのだから、オクトーバーフェスの時期にはどえらい人出になるだろうこの広場
じっくり見所はいっぱいあるのだろうが、市庁舎の鐘楼ににかかる時計や銅製の人形たちにまずは目をひきつけられる。
ツアリスト・インフォでミュンヘンのカレンダーを買ったり、本屋に入ったり、小物を見て回ってぶらつく。

お昼はマグドで軽く取って、今度はトラムに乗ってみる。

UバーンもSバーンも中心地は地下を走っているので、早く目的地へ!と向かうにはGoodだが、街中を見ながら観光をするには、このトラムがBestである。
しかしだな・・・U,Sバーンにしてもトラムにしても、しっかりと路線図を持っていないと、目的の方角がわかんない。
日本って・・・めたくそ頭がいいというか親切というか・・・
駅の掲示にはその駅の名前が記されているのは当たり前だが、日本では進行方向、逆方向のお次の停車駅名も書いてくれている。ところがヨーロッパではこれが殆どないのよね。
つまりその電車、トラム、バスでも何処行きなのかを知っていないと、終点はどこなのか知っていないと逆方向に乗ってしまうことしばしば。
ましてや右も左もわからない観光客にとっては至難の業である。
だから路線図を広げて、今やってくる乗り物がどこへいくのかで自分たちの方角がわかる。
駆け込みで直感で乗り込むと決まって逆方向・・・何度あったことでしょう。
このトラムやバスの停車場にはHと記されているので見つけやすいが縦横無尽に通っているので、田舎ものにはかなりなストレス。
マッセルバラというド田舎ではバスが街へ出る唯一の交通機関(国鉄もあるけどね)。
1つの場所に行くのに、バス、地下鉄、トラムなどに乗り換えて・・なんて生活がもう今の自分にはしんどい。
日本にいたときには会社へ行くのに、自転車、地下鉄、乗り換えて地下鉄、私鉄・・・そして自転車。。。なぁーんて毎日をこなしてたわけだから、おったまげる。
もう、出来ないなぁ。・・と環境が人間に及ぼす変化を実感する。

今夜のライブ会場を確認しに行こうと、トラムを探す。
オタオタ地図を広げてああでもないこうでもないとやっていると、またまた親切なおじさんが助けてくれる。
とってもフレンドリーで話が弾むが・・・何でも明日、あさってと交通機関のストライキが発生するみたいなニュースを教えてくれた。
おいおい!ちょいと待ったぁー!!!!3日間有効パスを買ったばっかりじゃんけ!
1日しか使えないで21ユーローは高ぇーぞぉー!!!!
公共交通機関がすべてストップするってことはないよなぁ・・・何かは動くやろが・・・・???
このストが決行されればかなり予定が狂うぞ・・・それでももし決行されたなら、観光会社の主催するバス・ツアーに参加して、ダッカウの強制収容所か?それとも
ディズニーの眠れる森の美女のお城とイメージされ、チャイコフスキーの白鳥の湖のイメージともなったノイシュバン・シュタイン城まで遠出・・というテもある。
どちらも行きたいが日程に無理がある。
まずはスト次第である。

今夜のライブ・会場を見つけて、インディアン料理の店で腹ごしらえをする。


Sit down and Sing Liveへ


Sバーンが12時で終了とのことなので、急ぎ足で地下鉄に乗り込み、バスでホテルへ。
バスに乗り込むと、ドライバーが何やら「イッヒイッヒ」と言っている。
雰囲気からしてうちらに言っているみたいなんだが、何を言っているのかさっぱりわかんない。
およよ?何やろ?
すると通路の隣に座っていたご婦人が英語で助っ人。
「9時を過ぎたら、チケットを見せないといけないのよ」と教えてくれた。
へぇーーー。地下鉄は素通りでもバスはチケットを見せないといけないのか!9時を過ぎたら・・・
そんなことガイドブックにゃぁ載ってなかったぞ!
・・・と再び驚く。

ホテルに戻ると1時になっていた。




第3日目

10月24日

昨夜は遅いご帰還となって、冷え切った体をシャワーでゆっくり温めてベッドに入ったので、眠るのがかなり遅くなった。
今日は1日自由時間であるから遅いスタートでOKだ。
どうやら雨は振ってはいないが、今日もかなり冷え込んでいるようだ。
まずはレセプションで昨日聞き及んだストライキの情報を得ねばなるまい。
ストが決行ならば観光会社主催のバス・ツアーだし、あまりノロノロしてられない。

レセプションで聞いてみると、どうやらストライキは明日からみたいである。
今日は1日大丈夫とのことで、ラッキーだ!
乗り放題チケットが無駄にはならない。
さぁ、ダッカウかノイシュバンシュタイン城か?
ああだこうだと悩んで、結局ダッカウへ向かうことになった。

さて、ダッカウはミュンヘン市内ゾーン1から1駅だけ外れている。
うちらの買ったチケットでは1駅前までしかカバーされていないので、1駅前で降りてチケットを買って乗り込むようにと教えられた。
????日本のように乗り越し清算所みたいなもんはないのかな?そーいや、駅という駅はほとんど無人みたいな感じだった。
しかしだ、チケットを調べに来る車掌さんなんかいないし、1駅ぐらい無賃乗車してもかまわないんやないの?
。。。などと思うが・・・なまじ馬鹿正直な二人にはそんな危険な真似は出来ない。
ややこしいなぁ。右も左もわかんない観光客にとっては大いに混乱を招くぞ。
ガッカウの強制収容所へ向かうにはダッカウ駅からのバスとある。
1駅前の駅からバスは出ていないのか?
釈然としないながらも、案ずるより産むが如しで行ってみるより他はない。

50番のバスで今日は反対方向へ。
このバスだとちょうどBMWの本社やオリンピック・スタジアム前を通過する。
ミュンヘンといえば、映画Munichがあったなぁ。
スピルバーグだったっけ・・・
まだ当時はドイツが東と西に分かれていた。
1972年9月5日オリンピック会場内の選手村のイスラエル選手宿舎に、武装した黒い九月のメンバー8名が乱入し、イスラエル人選手とコーチの2名を殺害し、残りの9名を人質に取ったため、オリンピックの競技は中断された。
実際にあんなことが起こったことはリアル・タイムで見ていたし、当時バレーボールに青春をささげていたので、日本の男子バレーボールのことが蘇る。
アニメでも「ミュンヘンへの道」が放送されていて、猫田、横田、大古!!とエキサイトしていたなぁ。
でもって本当にここで金メダルを取っちゃったんだから凄かったよねぇ。
また帰ったら映画Munichを見直したいなぁ。

バスはUバーンの終点Mooschへ到着し、地下鉄に乗り換えてLaimへ、そこからまたSバーンに乗り換えて目的地のDachauへ。
ふと気が付いたことなんだけど、ミュンヘンの街。
やたら自転車が多い。よく見ると前にかごのついたおばちゃりまで存在する。
駅には駐輪所があって、まるで日本にいるような錯覚を覚える。
ホテル近辺の所謂ローカルなエリアでは団地があり、スーパーがあり、それでも新聞の販売BOXがやたら道路にあるのはアメリカみたいだし、やたら自動販売機が目に付く。日本とアメリカを混合させたような感じだ。
明らかに「景観を損ねるから」と・・・古臭い保守的なUKとはまったく違っている。

さて、ダッカウはゾーン1から1駅外れている。
レセプションで教わったとおり1つ手前のKarlsfeldで降りる。
表へ出てバスが収容所まで通っていないかをチェックしたがそんなもんは存在しなかった。
再び駅へ戻って1駅のチケットを買う。
やっぱりこれってヘン!
頭のいいドイツ人がやることやないなぁ。
どうして乗り越し清算所を設けないのだろうか?そうか、バスのように電車の車内にも自販をおけば問題ないのに・・・・
ミュンヘンを訪れる観光客はほとんどこのダッカウへ向かうはずである。
だとすると何も知らずにそのまんまゾーン1を乗り越してダッカウへ無賃乗車する人が多いだろうに。
だが待てよ・・・ここは頭のいいドイツ人である。
きっと採算をあわせているはずだ。
ダッカウから強制収容所へ向かうバスは勿論ゾーン1外であるから、インナーゾーン3日間乗り放題のチケットではカバーされていないので、バスに乗り込むときにチケットを買わねばなるまい。
ということはそのチケットがこのSバーン1駅をカバーしているのはないか?
そんな気がする。
最も郊外全ゾーンをカバーする25ユーローのチケットを購入していれば問題ないわけだ。
ダッカウへ行くならば全ゾーンのチケットを買っておくべきだった。
ケチるとろくなことはない・・・・・とほほである。
馬鹿正直に1つ手前で降りて、1駅のチケットを買って乗り込んだが、ダッカウへ降りても誰もチケットを調べない。
アホみたいなお話である。

ダッカウ駅には観光客が一杯で、この人たちについていけば迷うことはない。
案の上、バスに乗車する際に往復のチケットを買う。
閑静な郊外の住宅地を通りながら、5つか6つほど停留所を過ぎ、目的地へ到着。

このダッカウ強制収容所跡は1965年に生き残った元囚人たちによって結成されたダッカウ国際委員会により計画され、バイエルン州の支援によって開設されたとなっている。
ヒットラーが首相に任命された1933年、政治犯用の強制収容所として建てられた一番最初の施設でこれが各地に分散された全収容所の所謂モデルだったそうだ。

入り口は想像していたよりも小さく、重たい門には「ARBEIT MACHI FREI」働けば自由になるというスローガンが掲げられている。
ここが唯一の出入り口。
遥か約70年前にここにたどり着いた囚人たちがくぐった入り口。
70年たった今では自由に入り、自由に出ることが出来るが・・・最後にアメリカによって開放されるというラッキーな囚人たちを除けば、ここをくぐったが最後二度と出ることの出来なかった門である。
頭の中のスクリーンが映写を始める。
足元が凍りつくような重たい気分になってしまう。
監視塔なども生々しい。
映画などでは見ているが、一歩中に足を踏み入れると広大な敷地に7つの監視塔が各所に設けられている。

入り口の一番近い建物には家政管理棟があり、現在は展示室、映画ホール、管理事務、資料館として公開されているが、当時は調理場、被服保存庫、作業場と浴場であったらしい。
さすがにドイツ語で書かれていると何が何やらわからないので、道案内のパンフレット、ありがたいことに日本語や英語もそろえてあるので、クリストhiroko。英語と日本語のパンフを1枚づつ購入した。
中はさまざまな展示で埋め尽くされていた。
ダッカウの始まりから開放までの歴史、各国で捕らえられた国別の囚人たちの様子、当時の生々しくおぞましい写真。
これが映画の世界ではなく実際に行われた、しかも今自分が位置しているこの場所でと思うと身震いし、凍りつく。

以前に隶木蓬生の著書「ヒットラーの防具」という本を読んだことがあるが、ナチス支配下のベルリンへ外交官として就任し通訳としてベルリンに駐在していた主人公の兄というのがこのミュンヘンで医者として働き、人体実験のためにこの収容所に送られる人々も少し描かれていたのをふと思い出した。
実際このダッカウではヨーロッパ各地から20万人以上の人々があの門をくぐり、4万3千人以上の人たちがこの敷地内で命を落としている。
強い霊感者であれば気絶するに違いない。


囚人たちを収容していたバラックは現在跡地が残るだけで、2棟のみが復元されている。
17棟並んでいたバラック建物内には1棟あたり200人を収容できるようにされたいたのが、戦争終了時には1棟に2000人というすさまじい数の囚人たちが詰め込まれていたそうだ。1つのベッドの幾人もが重なり合って眠ったという。
中に入るとそこは寒々しく、木製の3段ベッドがひしめくように並んでいた。
スピルバーグの「シンドラーのリスト」(これは舞台がアウシュビッツだったが・・・)
今ここで周りを眺めている自分が70年前に逆戻りすると、そこにはおびただしい数の囚人と銃を構えたナチスの党員に囲まれていると想像するだけで凍りつく。
最初の思惑から年月をたつほどに、ナチス親衛隊員のための残虐行為の養成、訓練所へと変貌を遂げることになる。
殺されるために収容されるのではなく、当時「反社会的」と見なされた思想の持ち主(ユダヤ人やgayや反体制知識人)を叩き直し、社会に復帰できるようにするための収容所だったはずなのだが・・・・
展示館のなかに入るとまずは囚人のたどった、シャワー室がある。
当時の写真を見ながら、冷たい石のこの浴場で身ぐるみはがされてシャワーを浴びせられたのだ。
木製の拷問台、鞭打ちの刑のむち、囚人の所持していた持ち物、手紙・・・・。
銃殺、むちうち、拷問、どのような拷問をされていたのか、詳しすぎるほど展示されていたが、一番おぞましかったのは人体実験だ。
囚人たちを実験台にして、さまざまな菌を注射され、その経過を観察され、最後には死んでいく。首の後ろをどれだけ冷やしたら、脳にダメージを与えるか。
このような極寒の地で冬などはさぞかし冷たかったことだろう。
暖などない凍りついたこの施設で病気になる人々が続出する。だが、人体実験は施されても病気を治してくれる医者はいない。
こんなむごいことがあったんだ・・・・・ここの平均寿命は3ケ月だったそうだ。
敷地内を囲むフェンスから逃げ出そうとして射殺された人、おびただしい数の骨と皮だけのガイコツのような死体。この死体1つ1つにそれぞれの愛する家族や歴史や人生があったんだ。

展示室をでると警告の意を込めた国際慰霊碑が建っていて、花束が備えられていた。
二度とこんなばかげたことは繰り返してはいけないんだ!との叫びが冷たい石の中から聞こえてきそうだ。

敷地内のバラック2棟の真ん中にはポプラ並木が伸びている。
このポプラは囚人たちが植えたもので、すでに天に向かって高く聳えるように成長している。
このポプラの木はここで起こったことをすべて目にしているのだ。
当時の囚人たちの自由時間の唯一の憩いの場所だったに違いない。

バラック棟を突き抜けると、世界各国から訪れるそれぞれの宗派の違う訪問者のために、カソリック、プロテスタント、ユダヤ教などそれぞれの宗教のメモリアルが建てられている。
左手には亡くなった囚人たちを焼く焼却炉があり、その中にはガス・チェンバーと遺体収容室へと続いていた。
ガス・チェンバーはシャワーと偽られて連れてこられ、シャワーから毒ガスが吹き出るしかけになっている。しかし、実際にこのダッカウでは使われることはなく、主に銃殺に使われていたという。
ガス・チェンバーは一際天井が低く生暖かい空気が漂っていた。
焼却炉も戦争が続き、石炭が不足し、死人は焼いてももらえず、死体はそのまま表に重なり合うように放置されていた写真を見ると涙が出そうになる。

このように惨い事実。
私たち日本人はこれはナチスがやったことなどと目をそむけることは出来ない。私たち日本人も同罪なのだ。
私たち日本人も中国人に対して人体実験や細菌実験を施していたのである。
今でもフットボールの試合で、心無いド馬鹿な相手国のファンたちがドイツの選手たちに向かってヒットラーへの敬礼をジョークのようにやっているが、そーいう奴らにここを訪れて欲しいもんである。
この身が縮むほどの背けたくなるほどの記録・遺産を、隠すことなく「二度とおきてはいけない記録」としてきちんと残しているドイツ人のその勇気に感慨を覚える。
何十年も前旧西ドイツのヴァイツゼッカー大統領が、アウシュビッツで、膝を折り、地面にその体をくっつけて、過去の過ちを全世界に向かって詫びたことが昨日のことのようだ。
中国人を「丸太」と呼んで同じようなことを中国でしていた日本人にそんな勇気はない。
そういうものを残さず、子供たちにも教えず、ただアメリカに原爆を落とされた被害意識だけを持ち合わせる日本人。
もっともっと事実に大きく目を向けて、平和ボケと化した国民性を再認識しないといけないなぁ。と痛感する。




第四日目

10月25日

昨日はラッキーにもストではなかったが、今日はどないや?
レセプションで早速ストの情報を仕入れる。
今日は終日Sバーンが止まるらしい。
地下鉄、トラムの路線図を広げてみる。
Sバーンが動かなくても空港へいかない限りはなんとかなりそうだ。
明日はどうなるんだろう?
明日の空港までの足はTAXIなのか?おっと!中央駅まで出たらルフトハンザのエアポート・バスがあったよなぁ。
何とかなるぜ!

今日は4時半にマリアン広場でジョージと待ち合わせ。
それまでの時間をどう過ごすかだ。
トラムが動いているんだからフイルム・スタジオやな!で珍しく意見が合う。

二日目と同じ経路をたどりバスと、Uバーンで中心地へ出てトラムに乗り換えてバーバリア・フイルム撮影所へと向かう。
トラムの駅を降りるとすぐに撮影所らしきものが見つかるが、入り口がわからない。
正面そのまままっすぐに行けばいいものかどうか迷ったがエントランスの看板を見つける。
エントランスまで500mとな?あの正面がエントランスではないのか?どーもようわからん。
テクテクと歩いて入り口にたどり着く。
チケットを買っても案内のパンフとかそんなものは置いていなかった。
これでは何がどこでどう撮られたのか、どの建物は入っていいのか、皆目わからない。
ちょうど英語のガイドツアーが1時からということだったので、間に合った。
夕刻にマリエン広場に戻らないといけない二人には時間もないし、英語のガイドツアーを申し込んだ。
中にはミニ列車で撮影所内を回る見学ツアーがあるのだが、ドイツ語なので、無理とのことで英語ツアーに参加した約17名はガイドさんと共にWALKINGツアーとなった。
ここはアメリカのMBMスタジオやユニバーサルスタジオといった乗り物やアトラクションが満載の遊園地ではない。
日本で言うところの京都にある東映太秦映画村の西洋バージョンといえる。
ツアーではまずはドイツのソープ・オペラが撮影されていたセットに入っていく。
勿論のことながらドイツのソープ・オペラはUKでは放映されていないのでピンとこないのだが・・・
感覚で言うとUKのイースト・エンダーズのセットに入っていくといった感覚だ。
日本ならば、遠山の金さんってところか???

さて、ここの撮影所はあまり日本では知る人は少ないとは思うが、映画業界の人たちならば必ず目をつける撮影所。
何でもここの撮影所に行けば小道具や衣装が何でも揃うと言われている。
であるからして、世界中の映画監督、プロデュサーたちがこの撮影所で小道具を探しにやってくるらしい。
ここで撮影された有名な映画では、まずはUボート、キャバレー、ネバー・エンディング・ストーリー、他にもいろいろ、最新のものだったら、パヒュームなんかが挙げられている。
hirokoの親父はこのUボートの大ファンだった。何しろ潜水艦の出てくる映画が大好きな変わった親父だったせいで、大昔に見たことがある。
そんときには何が何だかさっぱりわからなかったし、白黒だったし、面白くもクソもなかった。
また帰国したらレンタル屋で探そう。
実際の撮影に使われた潜水艦の5mのモデルをプールに浮かべて・・・だが・・・時々カエルが飛び込んでスクリーンにはお化けカエルとして映し出されたというエピソードも楽しかった。
潜水艦の戦争映画がB級ホラーの怪獣映画になるとこだった。
このモデルは後にレイダース・失われたアークにも登場しているらしい。
潜水艦の中も見学できて入艦!
サウンド効果が仕掛けられていて、まるで本当の深海を漂っているような錯覚に陥る。

撮影所内でのエピソードで特に可笑しかったのが、エリザベス・テイラーが来ていたときのこと。
彼女は当時何もかもすべてピンク色で統一しないと気が済まなかった。
撮影所内には気の効いた豪華なトイレがあるはずはない。
撮影に入った彼女がおトイレをしたくなった。
スタッフは大慌て!
でもって簡易トイレをピンクのペンキでケバケバに塗りたてて急場をしのいだが、彼女のためにピンクのトイレが作られたそうだ。
いろいろやかましい俳優もいるが、「パフューム」の撮影にやってきたダスティン・ホフマンなんかは対照的で、撮影所内をあれこれ探索して楽しんでいたという。
残念ながら屈指の衣装や小道具を誇る倉庫は公開されていなくて見学することは出来なかった。

ガイドさんを伴って、1アメリカ人、イングランド人、スウェーデン人、スコットランド人そして一人の日本人を含む17名はぞろぞろと足並みをそろえる。
ネバーエンディング・ストーリーだっ!
これは好きやったなぁ。
実物のファルコンが横たわっている。
ファルコンの背にまたがり大空を・・・のシーン撮影は実際にファルコンの背にまたがっての撮影効果を体験できるようになっている。
またトタートレックばりのセットの中でガイドさんに3人が呼びかけられて実際に演技をして、このツアー最後で自分たちが作り上げた映画を見れるという面白い趣向も凝らしている。


20分ほどの短いSFトリックの撮影方法を紹介しているドキュメント・フイルムを見ることも出来る。
他にも3Dめがねをかけてのアトラクションやスタント・ショー
などもあったが、時間に追われていたので、諦めた。

ガイド・ツアーが終わるともう3時になっていた。あと1時間ほど時間に余裕があれば、もうちょいゆっくりと見て回りたいところであったが、そろそろUターンしてマリアン広場に戻らねば。
トラムに再び乗り込んで数駅過ぎたところでトラムがSTOP!
あれれ?何?事故?
××××××・・・・とドライバーがアナウンス。
人々はえええーーーーと唸りながらトラムを降りて進行方向へ歩き出す。
二人も訳がわかんないなりにも、人々についていけば何かの交通手段にぶち当たるだろうと期待しながら後に続く。
どうやらトラムの線路に何か異常が起こったらしい。
トラムの駅を2つほど過ぎると人の群れがUバーンの駅に吸い込まれていく。
へぇー・・・ここからマリエン広場までは1本やんか!
トラムにちんたらのって乗り継いでるより、ずっと早いじゃん!
はたまた逆方向の電車に飛び乗ってしまい、再びUターン。

マリエン広場に30分近く早く到着。
周辺をブラブラ時間を稼ぐ。
ちょうど裏手に市場が広がっていた。
なるほど、ここが有名なマーケットって奴かいな・・・肉屋が立ち並び、ドイツ名物のソーセージがわさわさ。
ちょうど、ハロウィーン前なので花屋にはハロウィーンの装飾品が数多く並んでいる。
チーズやワイン、野菜。あああ・・・もっと時間がほしいなぁ。

さぁて、ストでSバーンが止まっているが、オーストリアからの国際列車は大丈夫かな?
でももし止まるようならば昨夜のうちにホテルに連絡をくれただろうし、ミュンヘンにはライブの度に再三訪れているジョージのことだ。
大丈夫だろう。
マリアン広場は人でごった返してはいたが、西洋人が西洋人を探すより西洋人が日本人を探すほうが簡単なわけだから、ジョージの方から見つけてくれるだろうと思っていた矢先、見覚えのある背の高いジョージが現れた。
ひやぁー!!!!感激で思いっきりのハグハグである。
うっそみたい!また会えるなんて!
3年ぶりの再会である。
ジョージは小さな袋を「お土産」だよ。と手渡してくれた。
中を見るとNeil YoungのDVDに、なんとアメリカン・ツアー2日目の10月20日ワシントンの音源CDが入っていた。
うっそぉー!こいつは期待してなかったわよぉー!!!!かんげきぃー!と再びハグハグ!
「驚いただろ?これはキルンのハインツからなんだ!ちょうど僕がミュンヘンでhiroko。とクリスに会うっていったら、彼女にも渡してくれって、僕のホテルに届いていたんだよ。僕だって驚いたよ」
ハインツとは同じくNYで会っている。
Neil Youngという一人のアーティストを通じて、世界中のファンたちと交流もこうやってどこかで誰かとつながっている。
インターナショナルなつながりに心が和む。
「キミは有名人だよ、hirokoに会うと言うと誰もが羨ましがるさ。」
「ええ?何で?どーして?」「だってさ、Neilのトレーダーで女性というのがまずは珍しいだろ?」「ほう!そーやな。」
「でさ、ヨーロッパに住んでいるその女性トレーダーは日本人!」「ほう!」
「おまけにその日本人女性トレーダーは美しいときている!」「Exactly!!!!!」
がぁーはははは!
横からクリスが「Oh,My God!」
えっ?何や?神さんがどうかしたんかぁ?文句あるなら後で聞いちゃる!(笑)


そもそものきっかけは2001年のNeilのヨーロピアンツアーが原点だった。
グラスゴーとフランクフルトのライブに参加してテーピングしたものといくらかのブートレグでスタートしたのだ。
ハイパーラストというサイトでブートレグのトレードをやっているメンバーたちに手当たり次第コンタクトした。
「あたしはグラスゴーとフランクフルトを持っているけど、あなたの国の××が欲しいの・・・」と自分のブートリストを作り上げて、コンタクトをかけたその中にジョージがいたのだ。
西洋の男性は女性には優しい。こちらの持ち札がなくても気前よく送ってくれる。
こちらも何とかお返ししようと一生懸命にもなる。
数枚しか持ちあわせがなかったブートがどんどんと幅を広げて、現在に至っている。
トレーダーを長年やっているが、いろんなことがあり、いろんな輩がいる。
「音が悪い」だとか「質がどうこう」・・大体、高いチケットも払わないで、警備員に見つかるというリスクを犯してまで、そのライブを録音してくれているということを棚に挙げて、こんなことを言う奴らとは絶対にトレードはやんない。
どんな音源でも自分がそこへ行きたくても行けなかった貴重な音源なのである
20−30とブランクCDを送りつけてきて、リストからピックアップしたものを送れという強引な奴。
トレードOnlyにも関わらずその音源で商売した奴。
今hiroko。の付き合っているトレード・パートナーは何でもありがたくいただく姿勢を持った真の音楽ファンたちばっかりだし、常識を
ちゃんと持ち合わせている。
今やトレントが幅を極め、ものすごく便利にはなった、だがやっぱりそこに人の体感をかんじさせてくれる従来のトレードが好きだ。
hiroko。が日本のNeilファンに送っている音源や映像はこうした本当に気のいい仲間たちから国境を経て、海を渡っているということを感じてね。

さぁて?どこへ行きたい?とジョージが聞くが、今夜のガイドはあなたよん!
じゃぁ、初めてのミュンヘンだったら、一応は行っておいたほうがいいかな?
ホーフブロイハウスへと。
世界一有名なビアホールとして知られている。
中に入るとやっぱりすごい人。
日本からの団体さん観光客もぞろぞろと入ってくる。
メニューを広げるとやっぱりドイツ語なので、気を効かしたジョージがウエイターに頼んで英語の'メニューを持ってきてくれた。
第一日目がグリーク料理、二日目がインド料理、3日目がイタリアン・・・ドイツに来てまだドイツ料理を試していないとは何たる不謹慎者だろう。
ここはしっかりとソーセージとポテトである。
(あまり美味しいと思わんな・・・)
第一日目のグリーク料理の感動があまりに大きすぎ・・・・
まぁ、観光客のビアホールってこんなもんやろね。
一度は入らねば・・・だけど、2度はいかないだろうところである。
こちとらは料理のことなんぞほとんど放おったらかしだ。
3年目の再会にクリスもジョージもhiroko。もエキサイトしながら、Neil Youngの今後の動きを想像する。
3月〜5月・・・きっとユーローが・・・と・・・そうなったら、どこだろう?
きっと大々的には回らないだろう、ロンドン、パリ、ベルリン、ダブリン・・・あたりか・・・
「今年はアメリカ行かないの?行くと思ってたんだけど・・・」
「きっとユーローが来ると思ってね・・・それに僕はあと4年後のブリッジが25周年だろ?その場にはきっと僕はいてるよ!」
「じゃぁうちらも行かないとあかんなぁ!4年後にマウンテンビューで!そのときにはBOBキチのジェイムズ君連れて行くからねっ!」あはははは・・・
ジョージはBOBのコレクターとしてもすごいコレクションを持っている。
しかし、NeilやBOBに限らず、新旧問わずにいろんな音楽を幅広く聞いている真の音楽ファン。
であるから、ライブ情報や新譜の話題や感想話に華が咲く。

ホーフブロイハウスを出て、二次会はハードロック・カフェで・・・
あまり落ち着かない
結局ビールを1パイント飲んで、クリスは昨日、このあいだここへきたときにIrsh PUBの看板を見たよ。
ジョージがええ?それほんと?
何度もミュンヘンには来てるけどIrish PUBは知らないないぁ。
じゃぁ、決まりだね!
方向音痴のクリス・・・大丈夫かよん?
ラックはついて回っている。
Kilian's Irish PubというGoodなアイリッシュ・パブを見つけ出した。
おまけにライヴをやっている。
Bongo Fury - present soulful Rythm & Blues and Modern Musicなどとなっているではないか!
Nice Choice!と拍手する。
やっぱ、アイリッシュ・パブは落ち着く。
クリスとジョージはアイリッシュ・スタウトのビーミッシュ、hirokoはギネス。
ライブは生ギターとベースという二人組だったが、選曲がストーンズやBOB、レナードスキナード
、トム・ウェイツなどなど、まったくうちらを歓迎してくれているような選曲でまたまた盛り上がる

ジョージにオーストリアとドイツとの関係をエデュケートされる。
国境を挟んだ隣同士の国というのは戦争の歴史があり、敵対心が強い。
小国のオーストリアはやっぱりドイツが嫌いだし、ドイツはオーストリアを小馬鹿にする傾向だ。
これはイングランドとスコットランドにそっくりである。
しかし、ジョージの住んでいるところはオーストリアでもドイツとの国境に近いせいで、ウィーンへ降りるよりもミュンヘンの方が近いし文化も似ているんだと言う。
バイエルン文化・・・バーヴェリアンとしての意識が強く、同じドイツ内でもこの地方の人々は首都のベルリンを嫌う。
実際この地方がドイツから独立するのでは?といわれていたそうだ。
高地地方の意識・・・つまりスコットランドでもハイランドとローランドがある。
この2つもやっぱりぜんぜん違うのである。
クリスやhiroko。はアバディーンの高地ハイランダーから引越ししてローランダーになったが、その違いを体感している。

ユーローで通貨が統一されたのが2002年だったけ?
UKはユーローではあるが通貨に関しては、これには属していない。
恐ろしく強いブリティッシュ・ポンドのまんまを貫いている。
さて、紙幣はすべて同じなのだが、コインがそれぞれの出所によって違うのだという。
うっそぉー!知らなかった!!
表は統一されているけど、ほうら!、裏はみんなそれぞれ違うだろ?
ほら、これなんかスペインからやってきたコインだよ!といいながら見せてくれて、hirokoもコインをテーブルにぶちまける。
全くのおのぼりさんやな・・・・

ドイツではまだ喫煙がOKである。
どこのレストランでもPUBでも煙が上がっている。
レストランの喫煙は辞めたほうがいいと思うが、こういうPUBでの煙はええのではないかえ?
喫煙者のhirokoはありがたくそう思う。

ステキなステキなオフ会となった。
あっという間に時間が過ぎていく。
残念だけどもう帰らないと・・・・名残を思いっきり惜しみながら、またの再会・・・4年後のカリフォルニア?いやひょっとして来年のユーロー・ツアー?でまた会えるかもよん!
帰ったら×と×と×・・・送るね!
いつものようにね。
ハインツにお礼を言っておいてね!
本当にありがとう!!!
ホロ酔い気分の宴は終了した。



第五日目


10月26日

楽しかった昨夜の余韻に浸りながらも、スーツケースをパッキングする時がきた。
空港へと向かうのはSバーン。
昨日は終日止まっていたが、今日はどんな具合だろうか?
レセプションで確認するとストは解除されたとのこと。
この4泊5日。失敗はあったけれど、ほとんどラックがついて回っていてくれた。
このラックを11月のスコットランドVs イタリア戦に分けてあげたいくらいである。
短い滞在だったが充実した毎日だった。
別れを惜しみながらバスでSバーンの駅から空港へと向かった。
ミュンヘンの空港は近代的でどことなく関西空港に似た感じがした。
フライトまでの待ち時間、最後のお買い物とブランチをしてブラブラ。
セキュリティーチェックは案外厳しく、多くの人が引っかかっていたが、二人は難なく素通り通過。
免税店もユーローが相手だと品が限られており、おみやげ物はどこも似たり寄ったり。
チョコレートとビールを買った。

イージージェットに乗り込んだ。
前から3番目だったが、スッチーさんが一番前の3席の人と問答を繰り返していた。
格安航空会社のイージージェットの飛行機、専門家ではないのでどういう機種なのかは知らないが、3席に通路を挟んで3席のタイプ。
勿論そこにはファースト・クラスもビジネス・クラスも存在しない。
機内に乗り込めば自由席で誰もが好きなところへ座ることが出来る。
早い者勝ちである。
一番前の席に向かうようにスッチーさんの席があるわけだが・・・・
スッチーさんが言うには「あなたは英語を話せますか?」と言っている。
この3席は「英語を話せる人が座るという規定になっているんです」
????そんなこと初めて聞いたぞ!
ヨーロッパを各地に飛び回っているイージー・ジェット、勿論UKの会社であるし、スッチーさんはブリティッシュである。
しかしだ・・・ミュンヘン間を飛んでいるわけだから、最初のアナウンスはドイツ語で後から英語のアナウンスになる。
機内には勿論ドイツ人も数多く乗っているわけだ。
結局この3席はドイツ人ではいけないということになる。
スッチーさんが言うには「何か緊急時が起こった場合にスチュワーデスを助けることの出来る言語を持つ人間が座って欲しい」ということだ。
へぇーーーーー!そんなの知らなかったなぁ。
それにそんなことどこにも記載されていないのやないの?
結局のところ、今もめているのは、その3席に座っているのがドイツ人ではなかったのだが、どでんと座ったおじさんがいちゃもんをつけているのだ。
「英語は話すが君の英語のアクセントがわからない」と言っている。
彼はイングリッシュで彼女はスコティッシュ。
イングリッシュっていつもこうやってスコティッシュを小ばかにして楽しんでいるのである。こんなことはしょっちゅなので、ええ歳こいたおっさんが何言うとんねん!である。
スッチーさんもメタクソ腹を立ててはいたが、さすがのプロ意識だね。
言いたいことだけ言って無視。それでもサーヴィスはしっかりにっこりこなしていたわけだから・・・・
しかし、他の航空会社にはそんな規定はあるのかな?
あっ!他の航空会社ならちゃんと座席が指定されているわなぁ!

極寒のミュンヘンからエジンバラ空港に降り立つと、空気がやっぱり湿り気があって、生暖かくさえ感じた。





エピローグ



イージージェットの格安航空券は週末にかかるとぐんと値段が跳ね上がるので、月から金までのWeekDayという4泊5日が限度。
勿論1週間ほどあればもう少し足を伸ばして見れるところも一杯あったのだろうが、Neil Youngのツアーが始まっていると、どうも気が気ではない。
ホテルのインターネットで一番にチェックするのはトレントのサイトである。
毎晩チェックしながら、おお!初日が上がってるぞ!3日目もだ!と歓喜の声をあげながら、早く帰りたいとも半分心のなかで泣いていた。
だがしかし、ジョージとの再会がメインであったし、ダッカウやバーバリアン・フイルムスタジオという2つが見れただけで充分だし、物価が安いので思いっきり安い休暇という感覚だった。


Leberkaeseと呼ばれるソーセージともハムとも言えるバーバリアン特有のディッシュである。
ホーフブロイハウスでジョージが注文したメニューだったが、これが柔らかくってパテのようでマスタードをたっぷりつけて食べるとこいつがめっぽう美味かった。
Ukでも売ってないかな?今度Lidlへ行ったら探してみよう。
ミュンヘン名物の白いソーセージ・・・ジョージに聞いてみたが・・・あまり僕のテイストではないということだったので、試すことがなかったが・・・・

帽子、マフラー、手袋という真冬3点セットが役にたったほどの真冬に見舞われ、ストにも遭遇したが、美味しい食事にめぐり合えて、長閑なライヴを味わい、平和というものの本当の意味を痛感し、気の合う音楽仲間と再会し、本当に楽しかった小休暇だった。
ドイツにきて「Do You Speak English?」などと間抜けなことは言いたくなかった。
しかし、モタモタノロノロしていた二人にミュンヘンの人たちは快く助けてくれた。
フランスとは違って自分の英語を試してみたいという人が多いようである。
だが、今度来るときには最低限のドイツ語は身につけておきたいもんである。
・・・とフランクフルトから帰ったときにも同じことを言った覚えがある・・・・・とほほ。
しかし、英語圏へ戻ってくると実にほっとしたのも事実である。


またイージー・ジェットの格安航空券を見つけたら、またヨーロッパを回りたい。